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東京家庭裁判所 昭和48年(家)12060号 審判 1974年1月29日

本籍・住所 東京都港区

申立人 綾子・クリューガー(仮名)

国籍 ドイツ連邦共和国

住所 東京都世田谷区

相手方 ハフス・クリューガー(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、扶養料として

(1)  昭和四八年六月分から昭和四九年一月分までの分合計金一〇四万円を直ちに

(2)  昭和四九年二月分以降申立人と相手方の婚姻解消又は別居解消に至るまで毎月一三万円宛を前月の末日までに

それぞれ申立人住所へ送金して支払え。

理由

第一申立ての趣旨

相手方は申立人に対し

(1)  臨時費金一一一、〇〇〇円および申立人の昭和四八年一月一日から同年一一月三〇日までの生活費合計金一、七二五、九〇〇円の金員を一時に

(2)  申立人の生活費として昭和四八年一二月一日から申立人と相手方間の離婚成立若しくは別居解消の日まで一ヶ月金一五六、九〇〇円の割合による金員を毎月末日まで前払いとして翌月分を

いずれも申立人住所に送金して支払え。

との審判を求める。

第2申立ての事情(省略)

第3当裁判所の判断

1  審理の結果によると次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方の婚姻から別居に至る経緯

申立人は、ドイツ連邦共和国(以下単にドイツという。)の国籍を有する相手方と西暦一九六一年(昭和三六年)一〇月一一日婚姻し、翌年四月長男カールを出産した。婚姻当時相手方はマールブルグ大学の学生であつたが、一九六四年(昭和三九年)一二月同大学を卒業し、卒業後○○○染料株式会社に就職、その後一九六八年(昭和四三年)四月同会社日本支店勤務となつて来日したが間もなく同会社を解雇され、ドイツに帰国してドイツ商工会議所に就職し、一九六九年(昭和四四年)八月日本駐在員となつて再び来日したが、同会議所においても再び解雇されるに至つた。

その後相手方は一九七〇年(昭和四五年)六月九日申立人とともに日本においてハンス・クリューガー有限会社を設立し、申立人と共同代表取締役に就任して営業に従事したが、同会社は、会社といつても名ばかりで営業に従事する者は申立人と相手方のみであり、他に従業員は一人もおらず、実質的には個人事業と変りない営業状態であつた。したがつてまた、同会社は、一応決算書は作成するものの、その内実は、収益を会社名議の預金に預け入れるが、必要に応じ、当該預金から申立人ら個人の生活費用を随時払い戻して費消するなど、会社と申立人ら夫婦の個人生活の費用等が混合し完全に分離されていないというのが実態であつた(なお、同会社の目的は、商業登記簿上は、工作機械器具、木工機械器具、産業機械器具、各種日用雑貨、食料品、無機工業薬品、有機工業薬品、化学剤、その他化学製品等の輸出入と国内販売、これらに関する代理業務等となつているが、営業の実際は翻訳の業務が主たるものであつた。)。

相手方は、申立人と婚姻後数ヶ月経つた頃から次第に粗暴な振舞いが多くなるとともに、婚姻当初より女性関係があり、申立人に対し申立ての事情四項記載のような数々の暴行および不貞行為を働いた。このため、申立人は、相手方との離婚を決意するに至り、一九七二年(昭和四七年)九月二一日相手方を被告として東京地方裁判所に離婚訴訟を提起した(同裁判所昭和四七年(タ)第三九六号事件)。その頃、相手方は自ら他にアパートを求めて単独で相手方住所地に転居した。そして相手方は、同年一二月に申立人住所地に置いていた上記有限会社の事務所も東京都目黒区○○町○丁目○番○○号に移転し、その際会社経営に必要な機械類、帳簿書類等の殆ど全部を持ち出し、以後両者は完全に夫婦別居の状態となり、現在に至つている。

(2)  申立人の生活に必要な費用の額

申立人と相手方は、上記有限会社設立後は、同会社の経営による収益により家族生活を営んでいたが、申立人記帳の家計簿によると、昭和四七年中の収入は四、八三〇、〇五二円(月平均約四〇〇、〇〇〇円)、支出は四、六〇五、九五五円(月平均約三八四、〇〇〇円)である。申立人は、申立人自身の生活に必要な額は一ヶ月一五六、九〇〇円である旨主張するが、申立人らの家族は親子三名であつたのであるから、上記家計簿の月額支出と比較すると申立人自身の生活費としては若干高額に過ぎるものと認められ、かつ、申立人主張額についても、税金、保険等を除いてはこれを認めるに足りる証拠はない。したがつてまた、申立人の生活に必要な額がいくらであるか、これを確定することはできないが、試みに、わが国の労働科学研究所が行なつた実態調査の結果を利用するいわゆる労研方式を参考として申立人の生活費を算定してみると、昭和四七年度の総合消費単位は、相手方本人(軽作業とみる。)が一〇五、申立人が八〇、長男カールが六〇であり、相手方の収入は後述するとおり、月平均約四〇〇、〇〇〇円を下らないので、次の算式のとおり、約一三〇、〇〇〇円となる。

400,000円×(80/(105+80+60))≒130,000円

もつとも、申立人らの生活は、ドイツ人としての生活であり、日本人としての生活と多少異質のところも存するので、これをもつて申立人の生活費とみることはできないが、このことも考慮すると、申立人主張の費目中社会通念に照らしてかなり高額に過ぎると認められる教養費、通信費、交通費、光熱費、臨時費等はいずれもその半額程度と解して差支えないと思料されるので、申立人自身に必要な生活費は、一ヶ月約一三〇、〇〇〇円程度と認めるのが相当である。

(3)  申立人と相手方の財産状況および収入状況

申立人は、肩書住所地に宅地約四二坪、建物約二三坪の不動産を有しており、相手方と別居するまでは自身の収入として前記有限会社から報酬として月額一二万円、事務室賃貸料として月額三万円合計一五万円を得ていたが、昭和四七年一二月に相手方と完全別居状態となつて以来、相手方より役員としての就労を実質的に排除されて一二万円の役員報酬の支払いも受けられず、また、同会社の事務所移転に伴ない、家賃収入の支払いも全く受けられず、実質的に無収入となり、現在まで他から生活費を借入する等やりくりして生活している状態にある。

他方相手方は、昭和四七年一二月以降前記有限会社を実質的に単独で経営しており、同会社からそれ相当の取入を得ているものと認められるが、その詳細は相手方が本審判に全く出頭しないため明らかでない。そこで相手方の収入は諸々の事情を総合考慮して推算する外ないが、申立人と相手方両者が協力して前記有限会社を経営していた当時において、相手方の役員報酬は昭和四七年が月額一六万円(年収一、九二〇、〇〇〇円)であつたから、昭和四八年においてもこれを下らない役員報酬を得ているものと推定して差支えない。また、上記有限会社の昭和四七年度における損益計算は申立人主張のとおりであるから、昭和四八年度のそれも、多少の相違あることは免れ難いとしても、ほぼ昭和四七年度と同程度を下らないものと推認される。ところで申立人は同有限会社の経費のうち翻訳料、福利厚生費、地代家賃、旅費交通費、交際接待費等および未処分利益は、過大計上、架空計上ないし形式上の額であり、申立人主張額は実質的に相手方の個人収入である旨主張するが、福利厚生費、未処分利益についてはともかく、その余のものについては、仮りに過大ないし架空計上がされていたとしても、その額がいくらであつたか確定するに足りる証拠はない。したがつて、これを基礎として相手方の収入を推算することはできないが、申立人記帳の昭和四七年中の家計簿によると、その年収額は四、八三〇、〇五二円(月平均四〇二、五〇四円)となつているので、これを基礎として相手方の昭和四八年中の収入を推定すると、少くとも上記月額四〇二、五〇四円の金額を下らない収入を得ているものと認めるのが相当である(もつとも、昭和四七年の年収額中には上述した申立人自身の収入も含まれるものであるが、相手方は昭和四八年以後申立人に対する役員報酬、家賃等を支払つておらず、この未払額は事実上相手方が自己の収入として費消しているものと推認されるので、相手方の収入からこの未払額を差し引く必要はないものと認められる。)。しかも、相手方は、上記収入のほか家計に入れない収入も少なからず有し、これを自己の職業経費、遊興費等に充当していたものと推認されるので、上記収入額は相手方の消費可能金額とみるのが相当である。なお、相手方には上記収入のほか資産があるか否かは明らかでない。

2  本件は、申立人からドイツ連邦共和国の国籍を有する相手方に対し、別居中における夫婦としての扶養料の支払いを求めるいわゆる渉外事件であるが、本件の場合申立人はもちろん、相手方も日本国に居住し、かつ、相手方は前記有限会社を設立しその代表取締役として日本国において営業活動をして生計を維持しているのであるから、裁判の適正、公平、能率的運営という見地からして、本件については日本の裁判所に裁判管轄権があること明らかである。そして日本国においては、夫婦間の扶養料請求事件のような家庭事件は家庭裁判所において扱うべきものとされているのであるから(裁判所法第三一条の三)、当事者双方の住所が東京都にある本件については、当裁判所が管轄権を有する。

3  ところで、夫婦間の扶養義務は、婚姻共同体そのものの維持存続に必要不可欠のものであつて、これは婚姻の一般的効力に関するものであるから、本件の準拠法は、法例第一四条により夫である相手方の本国法たるドイツ法である。

ドイツ民法によると、夫婦が別居した場合、その一方は、他方に対して、公平に適する限り、扶養の請求をすることができ、その場合には、夫婦が別居するに至つた理由、扶養を必要とする程度、夫婦の財産および所得の状況を考慮しなければならないとされ(第一三六一条第一項)、また、扶養は定期金の支払いによつて行わなければならず、この定期金は、毎月あらかじめ支払わなければならないものとされている(同条第三項)。もつとも、家族共同体が存続していたとしても妻が取得活動の義務を負うであろう場合、又は、夫に対する請求が個々の特別な事情、とくに妻が以前に取得活動をしていたこと、婚姻が短期間しか継続しなかつたこと、などを考慮すれば著しく不公平な場合には、妻は自ら生計を維持すべきことを命ぜられることがある(同条第二項)。

4 そこで叙上準拠法に基づき、相手方に申立人を扶養する義務があるか否かを考えるに、申立人は、妻として相手方と別居以前相手方とともに前記有限会社の代表取締役としていわゆる取得活動に従事していたが、別居後取得活動に従事しなくなつた原因は、あげて相手方の一方的行動の結果によるものであり、また、妻の負うであろう取得活動義務は、夫の労働力および夫婦の収入が家族扶養に十分でないとき、夫婦の事情がその財産の元本を換価するに適しないときに限られる(第一三六〇条後段参照)うえ、当事者の婚姻期間も一〇年を経過しているので、上記認定の諸事実からすれば、第一三六一条二項の要件を充足しないこと明らかであるから、相手方は申立人に対し、扶養義務を負うものといわなければならない。ところで、ドイツ法上扶養額の決定に際しては、例えば夫四点、妻二点、子各一点とするなど点数制をとる見解もあるが(OLG Frankfurt,NJW 1970,1882)、連邦通常裁判所は、確定的指標や一応の目安などは、個々の事件の諸事情から例外を設けねばならないかどうか、設けるとすればどの程度の例外を設けるべきか等を検討することなく使用することはできず、結局個々のケース毎に別居原因、扶養の必要度、夫婦の財産状況、取得状況を考慮して決定すべき旨判示している(BGHNJW 1969,919)。よつてこの見地から本件における申立人の扶養料額を考察すると、さきに認定したとおり、申立人と相手方が別居するに至つた原因は挙げて相手方の暴行行為、不貞行為にあり、申立人の必要とする生活費は一ヶ月約一三万円程度と認められるうえ、相手方の収入が形式的には一ヶ月一六万円、実質的には一ヶ月約四〇万円であるのに対し、申立人は不動産若干を有するとはいえ、実質的には無収入の状態にあるので、さきに認定したこれら諸事情一切を総合すると、申立人の受け得る扶養料額は一ケ月当り金一三万円と認めるのが相当である(本件の場合、申立人は、法形式上上記有限会社に対し、役員報酬として月一二万円、家賃債権として月三万円、合計一五万円の債権を有するので、申立人には取立て未済ではあるものの月額一五万円の収入があると解する余地もある。しかし、本件の場合これら債権の相手方たる債務者は、相手方が事実上経営する前記有限会社であり、その支払いをするか否かも相手方の一存にかかつている特殊な案件であるうえ、扶養額決定に当つての双方の収入状況は、その性質上実質的に決定するのが相当であるから、扶養額決定に際しては、申立人の収入は無収入と解すべきである。)。

5  以上のとおりで、相手方は申立人に対し、扶養料として一ヶ月当り金一三万円をあらかじめ支払うべきであるが、ドイツ民法一、六一三条によれば過去に対する扶養料請求の始期は、扶養料請求事件が裁判所に係属した時からと解されるので、相手方は申立人に対し、本請求事件が当裁判所に係属した昭和四八年(西暦一、九七三年)五月二二日以降、換言すれば昭和四八年六月分以降の申立人の扶養料として月額一三万円宛を、申立人と相手方間の婚姻解消又は別居解消に至るまで毎月あらかじめ、すなわち当該月分の前月の末日迄に申立人住所へ送金して支払うべきである。

なお、申立人は、臨時費として金一一一、〇〇〇円の支払を求めるが、この臨時費のうち歯の治療費八九、〇〇〇円は申立人と相手方が婚姻中に生じたものであつて、本件申立以前に生じた債務であり、また、転居時の運搬賃未払金も同種のものであり、日本スイス協会会費は仮りに必要としてもその金額からして申立人の受け得る扶養料をもつて十分まかない得るものであるから、これら臨時費の請求はいずれも理由がなく認容し難い。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 樋口哲夫)

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